
自分がわかる。
自分がほどける。
”本当のじぶん”になっていく。
LIFE Lab
本当のじぶんを生きる、じぶん探究ラボ
人はみんな、本当はやさしい。
誰もが、こころの奥に善性をもっている。
これまでいろんなことがあって、
今は眠っているかもしれないけれど、
ある。
みんなある。
それを思い出すこと。
生きること。
それが人間のしあわせ。
なぜなら、
それこそが、
本当のじぶんだから。
ライフラボは、
仲間とともに「本当のじぶんを生きること」を探究する、
学びと対話のコミュニティです。

自分のやりたいことをすること?
好きな仕事をすること?
人の期待ではなく、自分の心に従うこと?
そうすれば、「本当のじぶんを生きている」って
感じられる?
こんにちは。
LIFE Labを主宰している、
西任暁子(にしとあきこ)です。
私はこれまで、ラジオで話し、
コミュニケーションを教え、
本を書いてきました。
ありがたいことに好きなことを仕事にできたし、
やりたいと思ったことも、
たくさんカタチにしてきました。
それでも、心の奥にはずっと、
言葉にならない「うずき」のようなものがありました。
誰かに認めてもらえること。
夢を叶えることは、大きな喜びです。
でも、それだけでは満たされない "何か" がある。
それは、「本当のじぶん」を生きたいという、
ふるさとに帰りたいと願うような、
いのちの声だと思うんです。
LIFE Labは、
そんな「いのちの声」に耳を澄まし、
本当のじぶんを生きることを探究します。
「じぶん」って何だろう?
講座で学ぶ。
考える。
気づいたことを、やってみる。
仲間とわかちあう。
対話する。
道を歩くのは自分だけど、
仲間がいるから、
できることが増えていく。
LIFE Labの講座では、哲学、文学、仏教、心理学、脳科学など、
古今東西のさまざまな知恵を手がかりに、
「本当のじぶんを生きる」ということについて考えます。
どれか一つの考え方を信じたり、
一つの正解を知るためではありません。
さまざまな視点に触れながら、
自分の人生をしっかりと歩みながら、
自分の答えを見つけていきます。
講座のテーマ(予定)
・「本当のじぶん」って、何だろう
・「じぶんを生きる」とは、どういうことだろう
・ありのままの自分と、本来の自分
・私の欲求と魂の欲求のちがい
・今ここに生きる
・自分を知るということ
・成功するとは、どういうことだろう
・何もしない時間が教えてくれること
・自分を責める声は、誰の声なのだろう
・目標という枠から自由になる
・愛するということ
・自分を忘れると、じぶんが現れる
講座では、参加される方の「いま」や、そのときに生まれる問いを大切にしながら、「本当のじぶんを生きるとは?」という問いを探究します。
ここに挙げたもの以外にも、そのときどきの問いや参加者の体験から、テーマが生まれていきます。
講座以外にも、これまで学びを重ねてきたメンバーが、1対1のセッションをしたり、対話の場を開いたりします。
そうして、メンバー同士で日々の気づきや変化を分かち合います。
実際に集まって、アートや学び、食事を楽しむこともあります。
支えることは、支えてもらうこと。
教えることは、教えてもらうこと。
与えることは、与えてもらうこと。
LIFE Labは、
互いの歩みを支え合いながら、
一人ひとりの生命がその人らしく現れていくことを、
ともに喜び、応援する場です。

自己探究をサポートするファシリテーションを学んできたメンバーが、1対1のセッションの場を開きます。
話すこと、聴いてもらうこと、誰かの声に耳を澄ませることを通して、互いに、一人では気づかなかった自分に出会っていきます。
※西任暁子による個人セッションではありません。


私たちには、日々の役割や人間関係から少し離れ、自分が何者であり、これから何者になりうるのかを静かに感じるための、神聖な時間と場所が必要です。 ― 神話学者 ジョーゼフ・キャンベル『神話の力』 “a place where you can simply experience and bring forth what you are and what you might be.” ― Joseph Campbell, The Power of Myth
以前の私は、考えることが、よいコミュニケーションへの道だと思っていました。
話す前にも考える。
話しているときも考える。
人の話を聴いているときも考える。
でも、学びを続ける中で、考えることばかりに意識を向けていると、かえって見えなくなるものがあることに気づきました。
自分の感情や体の感覚に意識を向けることで、自分でも気づいていなかった本音に、少しずつ近づけるようになりました。
今は、自分の本音も、相手の本音も、大切にしたいと思っています。
もちろん、今でも考えることばかりに偏ってしまうことはあります。
そんなときには、誰かと話したり、自分の体の感覚を見つめたりしながら、また自分のところへ戻ってくる。
その繰り返しが、今の私にとっての日々の実践です。
もともと私は、あまり何も考えずに生きてきたと思っていました。
けれど、学びを続ける中で、実は思考がとても優勢だったことに気づきました。
しかも、頭の中に浮かぶ考えを、「自分そのもの」だと思い込んでいたのです。
これまで、どれほど思考に縛られ、動かされてきたのだろう。
今も、思考にとらわれることはあります。
それでも、思考と自分は同じものではないと気づけたこと。それだけでも、今は感謝しています。
振り返ってみると、僕にとって、これまでの学びは、青春であり、成長であり、挑戦でした。
「学びに全力投球しよう」
「必ず何かをつかみ取らなきゃ」
「もっとストイックに」
仲間はライバルであり、それと同時に、一生かけて大切にしたい存在でもありました。
背伸びをして、肩に力を入れて、自分に負荷をかける。その苦しさも含めて、「本気で学んでいる」という実感を得ていたのだと思います。
でも、今は、そんな学び方はもういいかなと思っています。
心も体も、ついていかない。
今は、この学びを、自分の暮らしの一部として捉えています。
自分の心の偏りに気づき、整えていく時間。
自分自身や、この世界の本質を探究する時間。
学びの場にいるときは集中する。
でも、それ以外の時間は無理をしない。
その分、日常でこの学びを生きることに、軸足を置くようになりました。
声で伝える活動も、お寺での講座や法話も、お葬式も、少年院での活動も、電話相談に関する学びも、すべてが自分にとっての実践です。
学んだことを日常で「生かす」というより、そこで人と関わること自体が、この学びそのものなのだと感じています。
そうして、一つひとつのご縁に心を尽くして向き合っていると、自分をもう一歩成長させてくれるような、仕事のご縁も少しずつ増えてきました。
これから学びの場の形が変わっても、僕自身は、これまでと同じように、日常を生きながら学び続けていきたいと思っています。
娘が巣立ち、母を亡くした頃、私の生活は大きく変わりました。
それまでは、仕事をしながら母を介護し、家族のことを考え、その時その時を一生懸命に生きることで精一杯でした。
「これから私は、何をして生きていこう?」
「私は、本当は何がしたいんだろう?」
そんなことを考える余裕もありませんでした。
振り返ってみると、それまでの私の人生には、「私はどうしたい?」という問いそのものがなかったように思います。
それが、娘が巣立ち、母が亡くなったことで、「母親としての自分」と「娘としての自分」という二つの役割が、一度になくなったように感じられたのです。
その後、いくつかの仕事に就きました。やりたいと思っていた仕事もありました。でも、心や体がついていかず、続けることができませんでした。
以前なら我慢できていたことが、我慢できなくなっていました。
「嫌なものは嫌」
そんな自分の気持ちが、以前よりはっきり現れるようになったのです。
今思えば、我慢ができなくなったのではなく、それまで自分の気持ちを抑え、我慢することに慣れすぎていたのかもしれません。
そんなとき、以前に話を聞いた、この学びの場を思い出しました。
初めて話を聞いたときから、心の奥ではずっと、
「行きたい。ここに行ってみたい」
と思っていました。
学び始めて気づいたのは、私がずっと、自分の気持ちより周りの人のことを優先して生きてきたということでした。
人とぶつからないように。
嫌われないように。
波風を立てないように。
いつも相手の顔色を見て、「今、何を求められているんだろう」「相手はどう思うだろう」と考えていました。
誰かの機嫌が悪くなると、「私が何かしたのかな」と不安になり、相手の機嫌を直すことまで、自分の役割にしていました。
相手に合わせる。
相手を立てる。
自分が我慢すればいい。
そうすることで、嫌われないように、傷つかないように、自分を守っていたのだと思います。
人と会うといつもクタクタになっていたのも、体質のせいではありませんでした。自分の気持ちより相手を優先し、相手の問題まで背負っていたからだったのです。
一番大きく変わったのは、
「私は、本当はどうしたい?」
と、自分に問いかけるようになったことです。
誰かの問題を「私が何とかしなければ」と背負うのではなく、「これはその人の問題なのか、私の問題なのか」と考えられるようになりました。
誰かの機嫌が悪くても、必ずしも私のせいではない。
相手の機嫌を直すことまで、私の役割にしなくていい。
人と違う意見を持ってもいい。
嫌なことは「嫌」と言っていい。
無理なことは「できない」と言っていい。
相手より一歩下にいるのではなく、対等でいていい。
今も、人の顔色を気にしてしまうことはあります。「私が悪かったのかな」と思うこともあります。
でも以前と違うのは、
「今、私はまた人のことを気にしている」
と、気づけるようになったことです。
気づくことで、少しずつ、自分のところへ戻ってこられるようになりました。
今は、「自分の人生を自分で選んでいきたい」というよりも、
「自分の中にいる自分の声に、もっと耳を傾けていきたい」
と感じています。
誰かに認めてもらうためでも、誰かに嫌われないためでもなく、自分自身が「私はこれでいい」と思える人生を生きていきたい。
そして、自分一人では気づけなかったことに、仲間との出会いや対話の中で気づくことができました。
一緒に学び、笑い、悩み、支えてくれる仲間に出会えたことを、心からありがたく思っています。
最初は、自分がなぜここで学びたいのか、その理由がよくわかりませんでした。
この学びに参加する前の僕は、趣味を一人で楽しむものだと思い、好きな音楽をだれかと分かち合うこともありませんでした。
自分で音楽をすることも、「老後に大学時代の仲間と再会して、もう一度できたらいいな」と、ずっと先のことのように考えていました。
そんな僕が、スピーチを学ぶことに。
最初は、自分の仕事について「この仕事が大好きです。これからも一生懸命やります」と話すのが正解だと思っていたんです。
けれど、勇気を出して、自分の好きな音楽について話してみました。
正解を話すのではなく、好きなことを話す。
そのとき、道が開きました。
仲間から言われたんです。
「音楽のできる場所なんて、いくらでもあるから、行ったらいいやん」
その言葉に背中を押され、実際に行ってみました。そこで僕は、20年ぶりに人前でギターを弾くことができました。
「戻ってこられた」
嬉しさが込み上げてきました。老後まで待つことなんてなかったんです。
そこへ通ううちに「バンドに入らないか」と声をかけてもらい、念願だったバンド活動も始まりました。
僕は、自分が本当にやりたいことを諦めていたことに気づきました。
音楽を演奏すること。
感じたことを文章にして、SNSで発信すること。
本当はやりたかったのに、恥ずかしさや、人からどう思われるかという怖さに、ずっと蓋をしていたのです。
最初のころ、スピーチの表現を磨くために、歌を歌う授業がありました。そのときの僕は、人前で歌うことが恥ずかしくて、どうしても歌えませんでした。
ところが今期は、「自分で曲を作り、自分で歌う」という、僕にとって最も恥ずかしく、怖い表現にまで挑戦できました。
仲間の話を聴き、その人の歌を作り、みんなに聴いてもらうこともできました。
僕は、その歌が好きなんです。僕の変化を喜び、いつも見守ってくれた仲間の顔が浮かぶから。
一人では、ここまで来られませんでした。
恐れを越えて一歩を踏み出そうとするとき、背中を押してもらえる。
そして、その一歩を見守ってもらえる。
ここは、守られながら、本当の自分を生きる練習をしていく場所だと思います。
僕は大人になる中で、周りの目や価値観に流され、自分が本当に望んだわけではない理想を追いかけてきました。
そこへ向かう気力が湧かない自分を、怠け者なのではないかと責めたこともあります。
でも、この場にいると、不思議と自分が本当にいきたい方向へ導かれていきます。
今、本当にやりたいと思える仕事が見つかり、20年以上ぶりに履歴書を書きました。
目標って、無理をして、自分に負荷をかけながら追いかけるものだと思っていました。
でも、本当の目標は、こんなに毎日を潤してくれるんだ、と驚いています。



「本当のじぶん」とは何でしょう。
それは、どこかに隠れているわけではありません。
今この瞬間も、いのちとの関わりの中で、絶えず現れているものです。
それは、さまざまな言葉で呼ばれています。
「真実の自己」「無位の真人」「仏性」「明徳」……。
それをもう少し開いた言葉にすると、
「自分の中の自然」
「いのちそのものである私」
などの言い方ができるでしょう。

それは、「こうしなければならない」という力が少しゆるんだとき、そこにあることに気がつきます。
自分が本当にやりたいこと。
それは、頭で考えることをお休みしたときに、浮かんでくるのかもしれません。
誰かにどう見られるかを、すこし横に置いたときに、ふっと現れてくるもの。
理由をうまく説明できなくても、なぜか心が動くもの。
LIFE Labでは、そんな声を急いで結論にせず、学びと対話の中で、少しずつ感じていきます。
いのちが、何を求めているのか。
丁寧に見つめながら、自分の一歩を選んでいきます。
そんな生き方を、夏目漱石はこう表現しました。
天に則り、私を去る。
私は、則天去私という言葉を、こう受け取っています。
自分が人生を思いどおりに動かそうとする力を少しゆるめ、自分を超えた大きないのちの働きに耳を澄ませて生きること。
本当の自分を生きるとは、
「私はこう生きなければならない」と人生を握りしめることではなく、
自分の奥深くから聞こえてくる声に耳を澄ませながら、
少しずつ、握りしめた力をゆるめていくことではないかと思うのです。

私は子どもの頃から、
「何をして生きればいいのかわからない」
と思い悩み、どこかに生きづらさを感じてきました。
そして、「本当のじぶん」になれたら、もっと楽しく生きられると思い、いろんな学びを重ねてきたのです。
そうして気がついた、「本当のじぶん」とは、「これ」と言えるような固定された何かではありませんでした。
人や世界と関わる中で絶えず動き、さまざまな形で表現されていく「動的な場」のようなものだとわかったのです。
すると、握りしめていた力が自然にゆるんでいきました。
「自分の考え」
「自分の立場」
「自分の人生」
こだわっていた自分というものを手放すほど、本来のじぶんが現れてきたのです。
じぶんを苦しめていたのも、
人生の邪魔をしていたのも、
自分にこだわり、
自分を贔屓(ひいき)する心だったのです。
LIFE Labは、本来のあなたがあらわれてくる学びです。
いっしょに探究を始めませんか。
西任暁子
詳しいプロフィールはこちら
「こういう人」「こうするべき」「こういうもの」と、すぐに決めつけません。
人も人生も、簡単にはわからないからです。
答えを急がず、「わからない」まま、答えが立ち上がってくるまでの時間を大切にします。
考え方や感じ方の違いを、「正しい・間違っている」「良い・悪い」と、すぐに裁きません。
年齢や経験にかかわらず、誰もが探究の途中にいる一人として、同じ目線で違いを尊重します。
口にされた言葉だけでなく、その奥にある、まだ言葉になっていない何かに耳を澄ませます。
同時に、自分の内側で起きている感情や、体の感覚にも耳を傾けます。
いい人でいようと自分を抑えたり、わかったふりをしたりしません。
自分の心にも、相手の心にも、同じように誠実であることを大切にします。
自分とは違う考えや、これまで知らなかった世界にも、心をひらいて迎えます。
思いがけない視点との出会いは、自分を新しい場所へ連れていってくれるものです。
迷っても、立ち止まっても、戻ってもいい。
そのたびに、「私は今、本当はどう生きたいのだろう」という問いに戻ります。



「本当のじぶんを生きる」ことを探究します。
具体的には、
・オンライン講座
・オンライン対話
・1on1セッション
・リアルイベント
・オンラインイベント
などがあります。
毎月一度、開催される西任暁子によるオンライン講座では、哲学、仏教、心理学、脳科学など、古今東西のさまざまな知恵を手がかりに、「本当のじぶんを生きる」とはどういうことかを考えます。
また、メンバー同士のオンライン対話や交流、リアルイベントなどを通して、講座で学んだことを日常の中で深めていきます。
長く学んできたメンバーや、話を聴くこと・対話することを学ぶ人たちが、1対1のセッションや対話の場を開くこともあります。
講座にはリアルタイムで参加しても、アーカイブで視聴してもかまいません。そのほかの活動も、関心に合わせて自由にご参加いただけます。
ご自分に合った関わり方で、探究を楽しんでいただけます。
はい。これまでの受講経験は問いません。哲学・仏教・心理学などの専門知識も必要ありません。初めての方にもわかるよう、基本からお話しします。
対話の時間にも、上手に話す必要はありません。まずは、講座を聴くだけでも、アーカイブを見るだけでも大丈夫です。
「もっと自分を生きたい」「自分自身と向き合ってみたい」。そんな気持ちとともに、どうぞ安心してご参加ください。
LIFE Labは、決められたカリキュラムを順番に修了していく講座ではありません。
「本当の自分を生きるとは?」という問いを中心に、さまざまな分野の知恵を学び、私たち自身の体験を手がかりに探究していくコミュニティです。
講座では毎回一つのテーマを扱いますので、どの月からでもご参加いただけます。
講座のテーマ(予定)
・「本当のじぶん」って、何だろう
・「じぶんを生きる」とは、どういうことだろう
・ありのままの自分と、本来の自分
・私の欲求と魂の欲求のちがい
・今ここに生きる
・自分を知るということ
・成功するとは、どういうことだろう
・何もしない時間が教えてくれること
・自分を責める声は、誰の声なのだろう
・目標という枠から自由になる
・愛するということ
・自分を忘れると、じぶんが現れる
LIFE Labは、2026年10月9日に始まります。以降は、どの月からでもご参加いただけます。
お申し込み後は、直近のオンライン講座をはじめ、対話やリアルイベントなど、関心のある活動に自由にご参加いただけます。
オンライン講座は、後日アーカイブでご覧いただけます。
当日参加できない月も、ご都合のよい時間に、ご自分のペースで学んでいただけます。
はい。オンラインを中心にしていますので、全国どこからでもご参加いただけます。
必須ではありません。オンラインだけでもご参加いただけます。
ただ、実際に会って過ごす時間には、オンラインとはまた違う気づきやつながりがあります。
ご都合が合うときがありましたら、ぜひご参加ください。